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このまま、このまま

私の父が引退して3年になります。あるじゃんは不思議なことに 母、私、娘があるじゃんを運営していることになります。 祐天寺で店を始めた父は男がピアスやネックレスをすることは

女々しいと言われていた時代。でもアメカジと言うカテゴリーが

生まれると、当たり前のように男がアクセサリーをする時代がやってきました。 時代はいつも目新しい物に飛び移る物ですね。

アングラな感じ。人は危険性を帯びたり、刺激的な物を常にまさぐっている。

まるでインフルエンザのウイルスが細胞内に入り込み爆発的に増殖しては仲間を増やすみたいに。 現在はもっとウイルスの数が細分化して、いろいろなジャンルが生まれている。 私もいつも現在格好いい生き方とは何か?とか、人間たちが活性化するってどういうことなのか、触手を色々伸ばしながら生きている気がします。私たちのお客様もいろんな移動を繰り返し、"匂い"をまといながらお店にやってきてくれて、お客様と、作り手が触手な様な物をペタペタと触りながら、コミュニケーションというもので空気感を育んでいるような気がします。お互い刺激し合ってるんです。 そんなことが出来る空間で、私はまた物作りの糧となるアイデアをもらい、生きている。 忙しすぎたらそうも行かない。いまこの時間の流れ、触れ合い、本当にちょうど良くて楽しい。 父の時代のようにお客さんが列をなして、残業であくせく働いていた時代も素敵だったと思うし、私は私の時間の流れも良いと思っている。このまま、このまま。

写真は初めてディズニーランド連れてってくれた時のもの



 
 
 

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小原治五右衛門『後編』

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小原治五右衛門 (前編)

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