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小原治五右衛門『後編』



あの時感じた違和感は、

しばらく私の中に静かに残っていた。


それから数年の時間が流れる中で、

私は私で、

「シルバーアクセサリーとは何なのか」

「作り続けるとはどういうことなのか」を、

否応なく考えさせられる場面に立ち続けていた。


彼ほどの歴史や系譜を背負っているわけではない。

それでも、

生き続けること、

継承していくこと、

そして次の世代へ何を手渡すのかという問いの前では、

立場の違いは不思議なほど意味を持たなくなる。


生まれた環境も、親も、抱えてきた苦しみも、

私たちはまるで対極にいるようで、

それでもどこかで、同じ天秤を手にしている気がした。


欠けているからこそ、

人はバランスを取りながら生きていく。

完璧ではないから、

問いを持ち続け、模索をやめずにいられる。


そんなふうに考えるようになった頃、

彼の今年の作品

『eclipse ― 日食・月食』に触れた。


一子相伝という、

脈々と受け継がれてきた生き方を肯定しながらも、

それをそのままなぞるのではなく、

反面教師として受け止め、

人としてピュアに生きようとする姿勢が、

静かに滲んでいた。


そのときふと、

あるじゃんの唐草や、太陽と月のモチーフも、

同じ場所から生まれているのではないかと感じた。


受け継がれてきた意味があり、

相反するものが共に存在し、

そのどちらかを否定するのではなく、

両方を抱えながら続いていくこと。


城端蒔絵450年という節目に、

太陽と月が導くように点と点がつながり、

城端蒔絵とシルバーアクセサリーというかたちで

交わることになったのは、

偶然というより、必然のように思えた。


あるじゃんのこれからもきっと、

一直線ではなく、

人と人との関係の中で、

揺れたり、湾曲したりしながら決まっていくのだと思う。


彼との出会いで壊された私の「伝統工芸」のイメージは、

葛藤と揺れを抱えた時間の先で、

もう一度彼に出会うことで、

“更新され続けるもの”として、

静かに自分の中に落ち着いた。


彼が長い時間をかけて育ててきた思念と、

それに半ば追いつこうとしながら、ようやく辿り着いた私の思念。

その二つが重なった場所から、

ひとつのアクセサリーが生まれた。


それは私にとって、

これから先も迷わずに進むための、

大きな楔のような存在になった。




そんな感覚とともに、

この出会いに感謝しながら、

2025年を締めくくりたいと思う。

 
 
 

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小原治五右衛門 (前編)

彼に出会ったのは石川県のセレクトショップのパーティだったと思う。私は父と様々なアパレルブランドのデザイナー達が集い火花を散らせる血生臭い空間だ。 招待客の中に一人目を輝かせている人がいた。 16代目城端蒔絵職人 小原治五右衛門ーーー 紹介をうけ聞けば聞くほど歴史の重みに呼吸も忘れてしまいそうになる経歴は今この風俗的な空間にどうしても反比例してしまう。 私のイメージしていた伝統工芸の世界は破壊された

 
 
 

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