小原治五右衛門 (前編)
- mimi iguchi
- 2025年12月25日
- 読了時間: 4分
彼に出会ったのは石川県のセレクトショップのパーティだったと思う。私は父と様々なアパレルブランドのデザイナー達が集い火花を散らせる血生臭い空間だ。
招待客の中に一人目を輝かせている人がいた。
16代目城端蒔絵職人 小原治五右衛門ーーー
紹介をうけ聞けば聞くほど歴史の重みに呼吸も忘れてしまいそうになる経歴は今この風俗的な空間にどうしても反比例してしまう。
私のイメージしていた伝統工芸の世界は破壊された。
社会のエゴにくさびを残したいパッションを含んだファッションをまとい、あるじゃんのアクセサリーを着けている。
彼は何者なのかと。
そんな種を持ち帰り私の中にまだ発芽もせず、エゴにあふれた年月が流れていた。
2021年に彼は脱皮をテーマとした『曙光‐Python V』を産む。
彼の思う伝統、常識だったものを破壊する行動に出た。本来美しいとされるモチーフとは逆の生々しさグロテスクを蒔絵に取り入れたのだ。蛇の模様は沢山のバッシングを受け立ち直れなかったと言う。
しかし彼の苦悩からの勇気は海外の美術家に目が留まりニューヨークに呼ばれる。
その出来事は彼の感じた苦悩は自分ひとりの事柄ではなかった事の証明でもあった。
同じ旗を振る者が必ず世界にはいる。
そんな光景を目の当たりにした数年だったと思う。
何の定めか分からないが、私もまたシルバーアクセサリーとは何なのか、を深く考えさせられる生き方になった。
彼ほどの先祖は居なくとも、生き続ける、継承していくと言うコンセプトの中には、驚くほど彼の話している一字一句がガシャンとガシャンと当てはまる部分があるのだ。
生まれた環境や親、苦しみはまるでバランスを取るように対極に生きる。
親が欠点を自覚し、子に承け継げられないことをまっすぐに話していく。親は不完全である事を最初から包み隠さず話して流していけるなら苦労はしないのだとおもう。
人間だから隠されたエゴをもち、微かな漏れ出たエゴを感じ、器用に取捨択一をして生きていくのだと思う。
人間は欠けているからバランスをとって生きていくんだよと伝えながら人間の補完をしていく。
欠点があるからこそ欠点を補い合って永遠に続いていきますようにと伝わってくる。
彼の今年の作品『eclipse - 日食.月食』は一子相伝と言う、脈々と受け継がれる反面教師的生き方を肯定し、人としてピュアに生きていこうという大切さを感じました。
そう感じると我々のモチーフ唐草は脈々と受け継がれる意味や、太陽と月もすべて相対的で彼と同じような旗を振っているように感じた。
小原治五右衛門
彼と最初に出会ったのは、たしか石川県のセレクトショップS.CURVE STUDIOのパーティだった。
父浩と、さまざまなアパレルブランドのデザイナーたちが集まり、
思想や美意識が火花を散らす、どこか血生臭さを感じる空間。
その招待客の中に、ひときわ目を輝かせている人がいた。
16代目 城端蒔絵職人──小原治五右衛門。
それほどの背景を持つ彼が、
風俗や価値観が複雑に交差するこの場所にいることが、
最初はどうにも不思議だった。
紹介を受け、話を聞けば聞くほど、
450年という歴史の重みが胸に迫り、
思わず呼吸を忘れそうになる。
同時に私は、
長い年月をかけて磨き続けられてきた、
何も変わらない“不変の伝統工芸”を、
無意識のうちに彼に重ねて想像していたのだと思う。
それは、私自身の中にあった小さな偏見でもあった。
けれど彼は、その重みをただ守る人ではなかった。
「このままで本当にいいのだろうか」
そんな疑問や不安を、
常に自分の中で天秤にかけながら、
時代の中で揺れ、模索を続けていた。
だからこそ彼は、
この場所に身を置き、
異なる価値観や表現に触れながら、
自分の蒔絵を更新し続けていたのだと、
そのとき初めて腑に落ちた。
私が抱いていた「伝統工芸」のイメージは、
そこで一度、静かに壊された。
その違和感と興味の種を胸に持ち帰ったまま、
まだ芽吹くこともない時間が、しばらく流れていった。
──そして2021年。
彼は「脱皮」をテーマにした作品
『曙光 ― Python V』を生み出す。
それは、
彼自身が“伝統”や“常識”だと思ってきたものを、
自らの手で壊す行為だった。
——後編につづく
#伝統工芸#城端蒔絵職人#治五右衛門#祐天寺#工房あるじゃん



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