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子供の歯を使ってネックレス

更新日:2023年5月30日

今から35年前、父は私の歯が抜けたときネックレストップにしてビーズネックレスなどに組み込み、親が付けたり、私がつけたりしていました。乳歯はとても小さくて、本当に目立たないんだけれど、なんとなく自分の分身なような気がして、身につけていたものにしか分からない存在感がありました。 私がいよいよ親になって、子供を育てていると日々の忙しさにかまけて子供の成長や、喜びに浸る時間も本当に一瞬に終わってしまうことがあるんです。

そんなカツカツした時に、昔親が作ってくれた赤ビーズに組み込まれている乳歯が「昔を思い出して!あなたにも子供時代があったんだよ!」って言ってるような気がして、原点に帰れる存在のような尊い存在になったんです。 そんな時、これをいつも皆さんに身につけてもらえたらなあ。と、ふと感じ、製作してみました。 親が歯を身につけ子を肌で感じ、子は自分の分身を身につけてもらってる安心を感じる。

子が大人になって、またネックレスをを見たとき【あなたは愛されていたんだよ】とほっと出来るアイテムであればいいなあ。と願いつつ、家族にとって素敵なアクセサリーになってもらえたらと作ってみました。


 
 
 

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